コラム

私の人生のターニングポイント Vol.4

人材紹介業に至った経緯

前回は、愛知県の不動産会社に勤務していた話を致しました。
その会社に行く際には、東京での事業展開があるので直ぐに東京に転勤させていただくことをオーナーよりお約束していただき、定年まで頑張る つもりで入社致しましたが、人生中々思うようにはいかないものです。
その会社には,お一人キーマンに該当する方がいて私が社長室に在籍していた際の上司に当たり、会社の将来を思ってオーナーに直言される 事が多く、オーナーもその方には一目置いておられました。
ところが、ある日そのキーマンの方が脳梗塞で他界され、オーナーに対して物を申す方がいなくなり、理解に苦しむ方針が目立ってきました。
企業30年説とは良く言ったもので、その会社も丁度30年を超えた時点で業績悪化が続き、民事再生を申請することになりました。 

そんな経緯で、東京に戻り知人の紹介で商社の証券子会社の立ち上げの業務に就くことになりました。
未経験のヘッジファンドのセールスということと、初めての商社マンと一緒の業務ということで刺激的な日々でした。
ヘッジファンドの資料を持って、自分の土地勘のある大手銀行、生保、損保を始め、今まで接したことのない地方銀行、FOF、農林系金融金融機関、年金基金などの開拓営業を始めました。
ただ、その業務を始めた時期が07年10月でパリバショックの直後でどの投資家も解約の話ばかりで、思うような実績を挙げることができません。
そのような環境でもあったため、親会社も早々と撤退を決めて会社を閉じることになり、私も09年3月に退社することになりました。 

何事もやはり、始める時期ということが肝要ですね。

転職の際には何処に行くかということも重要ですが、いつ行くかということもかなり大事です。
30歳前後までの若いうちならいざ知らず、40歳代の転職はほぼ即戦力が要求されるので、入社して直ぐに実績を出せる環境かどうかの判断も時には必要ですよね。
09年3月の退社後は、もう40半ばを過ぎておりましたのでそれこそ死に物狂いで転職活動をしました。
キャリアとしては、金融出身なので金融に拘らなければならないものの、実際に門戸が開いている求人もないため、かなりの苦戦を強いられました。そんな中で自分のキャリアを振り返った時に、会社を変わっているからこそ多方面の方との面識があったことと、様々な職種を経験したことによる職務内容の理解が他の方よりはadvantageがあることに気づき、現在の仕事に至りました。 

紆余曲折はあったものの、自分自身は現在の職業を天職だと思っておりますし、今後もずっと続けて皆様の転職をサポートしていく所存です。

 

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    専門分野:証券

    岡田 英行

    1986年3月に早稲田大学法学部を卒業。同年4月に山一證券に入社。同年12月に月間8000万円の収益を挙げてリテール部門全社員で1位になり、当時の新入社員の新記録を樹立。キャピタルマーケット部門を経験した後、円金利セールスで頭角を現しゴールドマンサックス証券に移籍し、機関投資家セールスに従事。同部門で最高で2位の成績を挙げる。その後事業会社で不動産の証券化業務や商社系証券会社でヘッジファンドのセー...

    1986年3月に早稲田大学法学部を卒業。同年4月に山一證券に入社。同年12月に月間8000万円の収益を挙げてリテール部門全社員で1位になり、当時の新入社員の新記録を樹立。キャピタルマーケット部門を経験した後、円金利セールスで頭角を現しゴールドマンサックス証券に移籍し、機関投資家セールスに従事。同部門で最高で2位の成績を挙げる。その後事業会社で不動産の証券化業務や商社系証券会社でヘッジファンドのセー...

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